2017年04月18日

今は監督と選手の間に血の流れを感じる阪神です

-今世の中では「忖度」という言葉が飛び交い早くも今年の流行語大賞の筆頭にに挙げられているくらいです。この忖度こそ野球の監督と選手の間に行き交う一番大切なものを表現していると言えないでしょうか。阪神七十年の歴史で監督候補に挙げられながらついに実現しなかつた中に広岡、西本の名前があります。私が一番阪神のユニフオームを着せたかつたのが、西本さんです。本来は論理的厳しさを持つ広岡こそ阪神にとつて必要な監督だつたのかもしれませんが、彼の持つ知性、厳しい論理性は阪神という会社の持つ融通無礙とは永久に合致しなかつたと私は見ています。同じ厳しさでも人間味豊かで指揮官としての風格をもつた西本が一番阪神に適した監督と見ていました。その機を逸しタイガースのユニフオームをまとつた西本を目にすることのなかつたことを未だに残念に思えてなりません。以後数十年を経て優勝のためにということを意識して招聘した野村、星野のラインが優勝の美酒を味わわせてくれたことは我々の記憶に新しいところであります。阪神のプロパーからはこれという監督は輩出していません。それにはそれなりの理由があるのです。まず監督選定への会社としての意識の低さがあります。阪神の監督選定には熱意が希薄なのです。卒直に言えば行き当たりバツたりということです。監督を頼むぞというよりやらせてやるという使命感の薄い選定を繰り返して来ているからです。それでも私は和田が指名を受けたときは名監督への期待を持ちましたが、私の期待にも応えられないつまらない監督で終つてしまいました。みなさん和田がコーチ時代にベンチが映ると必ずと云つていいほどベンチの端でポツネンと一人でいる場面をよく覚えていませんか?初めはベンチの雑念を避け冷静に試合の流れを思索ているのかに見えましたが、和田に周囲に集る話し相手すらいなかつたというのが真実のようです。この人望の薄さが監督として成功しなかつた大きな要因だつたような気がしてなりません。和田は監督として言葉や態度で選手の中に入り込めなかつたのでは無いでしょうか、又和田は自分の構想を球団に押し付けるような大胆さもなかつたようです。そんな監督と選手の間に忖度など生まれるわけは無いのです。しかしこのようなことは和田にだけ限られる欠点というのでなく選手から監督に昇格した概ねがこの程度のレベルで監督になつているのでしょう。何度もお話ししてきましたが金本は会社をあげて懇願して就任してもらつた監督です。今日も連敗も覚悟する広島にわずか4安打で勝利してしまいました。まさに金本と選手の間を忖度が激しく飛び交つたような勝利です。どんな名監督も永久に勝ち続けられる訳ではありません。 昨夜も原口のサヨナラ打で勝利をしました。金本が監督でなければ原口は整理対象選手になつていたかもしれないのです。球団は選手を選ぶ時は慎重です(阪神はそれ程でもないか?)それ以上に監督の選定にあらゆる角度からの検索が必要だということでしょう。無能のプロパーを羅列するだけではダメだということをいい加減学んで欲しいものです。
posted by マスター at 10:01| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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