2017年01月29日

阪神が70年で見せた二つの意欲的行為

球団が最高(優勝する)を目指して、大げさに言えば永久政権への道筋を意図して現場のスタツフを組んだのが野村監督、岡田ヘッドコーチのラインだつたのです。当時掛布はいろいろな経緯から阪神球団首脳の頭には入つていなかつた筈です。この時が阪神の歴史の中で有名な暗黒時代と言われていたときなのです。中村監督の二期目に突如優勝争いののチャンスが訪れた以外来る年も来る年もBクラスしかも何度も最下位を経験する悲惨な10年と言えます。それでもタイガースストライプが見たくて若かつた私も毎夜の神宮通いをしたものです。その一度だけ味わううことになつた優勝争いもなんと後に阪神の監督となる野村にあしらわられて大恥をかく有様でした。今でも思い出しますが神宮での阪神フアンの暴言を極めたヤジは怒りの頂点に達していたのです。さすがに球団もマズイと思つたのか、私も意表を突かれた野村監督招聘となつたわけです。此れにはさすが無思慮の阪神とはいえ一つのハツキリした再建へのの意図が感じられました。戦力の再建は野村に任せ、その成果と野村野球を岡田に引き研がせたいという阪神にしては珍しく筋の通つたプランがあつたと私は見ています。しかしこの球団の遠大な思いをあの岡田が野村を嫌い、その元に就くことを拒否壊してぶち壊してしまつたのです。それが野村監督、岡田ヘツドコーチのコラボプランだつたのです。おそらく球団はそのあとの岡田監督の永久政権を望んでいたのかもしれません。岡田はそれくらい阪神では価値のある選手だつたのです。親の心子知らずで岡田のヘツドコーチ辞退で球団の意図は無残に崩壊するのです。まあこれはその後の星野政権実現で阪神にとつては一つの良い結果(18年ぶり優勝)を生んだわけです。ワンクツション入れて禅譲を受けた岡田は強力な戦力を引き継ぎながら輝かしい歴史を築く伝道者にはなりえませんでした。星野の遺産で1回の優勝をもたらしたのみでその後は低迷に向かうのみでした。つまり阪神首脳の又はフアンの夢を紡いで行く能力は偏屈男岡田にはなかつたのです。金本が監督に任命されたのは野村政権で覇権を目指した以来の阪神の真剣さを表すものと評価できます。金本のアシストに掛布を用いたのも阪神には珍しいタイムリーな人事と言えます。金本の野球に対する敬虔な精神、掛布の達感した人間性、両者が持つ卓越した打撃術、チームが一つ方向を向くための指導者の組み合わせとしては最高のものと言えるでしょう。この指導体制だからこそ高山も大山も道を間違わずに成長することが期待できるのです。球団が掲げた超変革も彼らだからこそ達成させられるものと確信します。少なくとも野村時代の岡田の犯したような過ちの危惧はこの二人の間には感じようもありません。
posted by マスター at 08:54| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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