2016年10月26日

羨ましく傍観するのみの日本シリーズに思う

極北の地北海道が熱く燃えています。深として音無しの東京ドーム巨人バカの悔しがりようは如何許りか!50年経つてドラフト制度が浸透して見事にプロ野球の構図を変えました、まさにその象徴のような日本シリーズが日ハム、広島戦です。北から南まで巨人、巨人の時代は終わりました。しかも大谷や黒田のニュース性スター性はより質の高い日本シリーズを演出しています。相当の覚悟を持たない限り阪神の日本シリーズでの晴れ姿は望むべくもないでしょう。阪神もいつまでも巨人のシツポにしがみ付いていないで、野球界全体の変化を敏感にとらえ総てで今日のレベルに近ずかなくてはなりません。ドラフトの作用の他に経営母体の変化が挙げられます。最近の強いチームを見ていると経営母体の近代性は素晴らしい球団経営と表裏をなすものということが明白です。広島は12球団で唯一の市民球団的性格を持つ此れは此れで恵まれた環境にある球団です。その特異性を充分に生かして今日の成功を導きました。先日も述べましたが、旧態以前の大店的経営に終始する読売、中日、阪神、の時代遅れは否定できません、オリツクスは旧態企業ではないのですが、セリーグの古い球団同様、宮内オーナー絶対主義が近代性を阻んでいると言えます。野球を面白くするのはあくまでもスター選手の存在ですが、その点一つを取り上げても阪神は相当遅れをとつているのです。そして今年のドラフトを見てもスター選手候補の投手の多くはパリーグに流れています。(不思議ですがこの現象はかなり長く続いています)セリーグの失地回復には相当時間がかかりそうです。阪神経営陣のこのめまぐるしい野球界の変化に気ずかないとしたら日本シリーズは遠くの地のお祭りに終わつてしまうのです。
posted by マスター at 10:24| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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