2016年05月22日

私の独り言聞いてください

人間は理屈の前に好き嫌いの動物だということが最近つくずくわかります。今私も皆70歳を過ぎた仲間の中でお仕事とも言えないお仕事をさせていただいいてますが、それぞれ70年の人生経験がありながら無言の仲違いが絶えません。このような歳の仲違いは論理的に修正が効かないのです。此れを頑固とか偏執と称するのでしょう。私の阪神ブログも多分に私自身の好き嫌いが表現の基本にあるような気もしています。さて阪神はヘマもありますが、五月にふさわしい野球を展開していると私は納得しています。新しい若い選手が活躍すればするほど既存の選手は控えに控えにと追いやられるのです。高山や板山や横田でもしも外野が固定されれば一時は日の目を見た柴田も緒方も果ては良太に至るなで控え選手に埋もれてしまうのです。こう見てくるとプロ野球で一線を張るということがいかに大変かがわかります。厳しい同僚との闘いと言えます。格好いい言葉で言えばせつさ琢磨となります。さて今日のデーリーの岡田の法則とかいうコラムの中で鳥谷を8番に起用した金本傭兵を彼は批判しています。その前に岡田ー鳥谷の早稲田ラインは阪神に何をもたらしたでしょうか、二人の現役を比べれば岡田が数段上ということだけは認めます。しかし指導者としての岡田の狭量の性格は阪神の永久の指導者たり得ず、鳥谷を甘やかし彼の扱いを間違えてきました。その鳥谷に対する最終の答えが「鳥谷は物足りない」という金本の言葉でしょう。私にすれば金本よ良くぞ言つたです。裏のことはいつもいうようにフアンにはわからないことが多いのですが、野村と一言も言葉を交わさなかつた岡田の姿勢そのものが私は大嫌いです。前文で申し上げました老人話しのように岡田もただ野村が嫌いだつたのでしょう。ここで岡田は将としての資格を欠いているのです。彼はコラムの中で鳥谷の8番は間違いで上位で打たせることが鳥谷のモチベーションにつながると未だに言つています。岡田の頭の中には金本の「鳥谷は物足りない」という言葉のかけらもないことがわかります。狭義で融通性にかける岡田が未だに阪神の監督候補の中にあるとしたら阪神の前途はろくなものになりません。もちろん将来の鳥谷監督なんて言語道断阪神は絶対選択してはなりません。阪神が有り難がつた早稲田ラインは阪神の宝には成らなかつたのです。岡田よ金本の周りには掛布もいるぜ、矢野もいるぜもう余計なことわ言はないほうがいいですよ、それにしても気になる鳥谷の最近の拙守ではあります。金本の反抗してるのかな?
posted by マスター at 10:36| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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