2016年01月24日

過去にもあつた阪神改革のチャンス

阪神の過去にもこれはと思われる斬新なこともあつたのです。それはドラフトで6球団競合の中で早稲田(当時隼太と同じく6大学NO1野手と言われた)の岡田を引き当てた年であり、新人としてデビューした年ですから鮮明な記憶として私も覚えています。なんとあの旧態依然の権化のように言われる阪神が驚き、桃の木、山椒の木、外人監督ブレイザー(現役名はダン、ブラッシンゲーム)を登用を発表したのです。プロ野球の世界といえども何かと人間関係(会社と現場などの)が煩くそのことが監督の仕事にいろいろ影響を及ぼすものの様です。しかし当時にしてみれば日本的人間関係など意に介さないと思われる外人監督の起用は超斬新なものと言えました。その頃阪神は村山、吉田中心の監督交代を繰り返していたのですがこれがなかなか成果を見られないままにあの暗黒時代突入の兆しを見せていたのです。そこでの外人監督です。誰のアイデアか阪神も思いきつたことをしたものです。日本的人間関係などあまり意に介さないと思われる外人監督の起用、この一点で私も大賛成でした。その年のペナントは新しい興奮の基に開幕しました。しかし阪神経営陣ににブレイザー登用の度量(信念薄く)がなく、あることで開幕間も無くにしてブレイザーを解任してしまうのです。このことが誠に駄目な阪神らしく強く私の記憶にあります。そのこととはやクルトから獲得した外人二塁手をスターテングに起用する監督と大物新人岡田(フアンに人気のあつた)を使つて欲しい球団側の意向の齟齬が元となつたのです。名前を忘れましたが、ヤクルトから来た二塁手はブレイザーの戦略に合つた選手の様に私は見ていました。そこに球団(一部フアンも)が岡田起用のごり押しをしたのです。本当に阪神らしいと言えるトラブルの犠牲になつたブレイザーと言えます。このトラブルがなかつたとしたらブレイザー野球が阪神をどう変えたのか結末を見たい気持ちに誘われたものす。もう一つの禍根は岡田の野球人生のスタートを考えれば球団のやつたことは褒められることでは無いのです。岡田に対する過保護は岡田の勘違いを産んだと言えるでしょう。のちの野村監督との確執もこのスタートの岡団への扱いに大きな原因があると私は見ています。斬新なもの世間を驚愕させた外人監督の誕生もわずか半年で自分の手で摘み取る阪神球団の愚につける薬は無いというべき事件と言える阪神ヒストリーの一部です。
posted by マスター at 10:07| Comment(2) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
懐かしいですね・・・。
シンキングベースボール掲げタイガース初の外国人監督となったブレイザーですが、志半ばで頓挫してしまいました。ヤクルトから横取りしたヒルトン内野手もクラウチングスタイルからのシュアーなバッティングは今でも記憶に残っています。
Posted by ボッチ at 2016年01月25日 11:42
いよいよキャンプですね、ヘイグも来ましたね実力の程は別として楽しい季節が迫つてきました。今年も懲りずに六甲おろしでいきましょう。
Posted by at 2016年01月27日 13:27
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