2015年12月13日

パラリンピックは粛々と

五体満足な人間でも全ての人間がオリンピックに出たいと考えているわけではないでしょう。又オリンピックそのものに好感を抱いていない人もいるはずです。障害を持つものがそのハンデの中で人よりも早く走りたい人よりも高く跳びたいと考えていたとしても不思議ではありません。車中で写した障害者の写真を侮辱的コメントを添えてネットに公開した不届き者がいて問題になつています。被害者となつた保護者の痛切なコメントも世の話題をさらつています。私はこの事件の話を聞いて何故かパラリンピックの事を思い出してしまいました。今パラリンピックは必ずオリンピックと併記される一大イベントになりました。その事を非難するつもりはありませんが、私は何か釈然としないのです。パラリンピックに出場するための鍛練これは尊くもあり、その努力は想像を絶する事も理解できます。それらのに送られる大きな賞賛、何も悪いものはないのです。しかし私はパラリンピックの競技を見てそれを楽しむ事はできません。間違つてるのかもしれませんが痛ましさが先に出て正視できません。したがつて気持ちも楽しいところまで達しません。冒頭の事件の投稿者は障害者の姿を人の笑いの対象に遇しようと投稿を試みたと公言しています。パラリンピックで健闘する選手を見て腹の中で笑つている人などいないとあなたは断言できますか、パラリンピックの押し売りが人間の善意の全てのように扱うマスコミも少し考えるべではないでしょうか?オリンピックんパトに粛々と行われるパラリンピックそれでいいのではありませんか?
posted by マスター at 10:43| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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